2007年11月30日
さよなら、真夜中の日雇い野郎たち
19歳でとびこんだ飯場生活から、この日雇いの前まで、
私は肉体労働とかけ離れた生活を送ってきた。
そのあいだに、飯場に入ったときのような、無邪気な強さが
消えていたような気がする。仕事の往復で乗った電車やバスでは、
自分が日雇いをやっているというだけで、社会と切り離されたような
とてつもない孤独を感じ、「もとの世界にもどりたい」と願った。
体力よりも、精神力で、もう肉体労働ができなくなっていたと
感じたとき、苦い挫折感を味わった。
だれもが、自分の仕事がうまくいっている間は、
自分が日雇い仕事など、するはずがないと思っている。
しかし、ほんの一歩、人生のレールを踏み外したときや、
事情があって大きく軌道をはずれたとき、日雇い仕事を
選択しなければならない場合もあるかもしれない。雇う者は
いつも待っていて、待遇はともかく、雇用だけは保証される。
最近、日雇いやパートの人たちの待遇がマスコミで
とりあげられることも多い。
この不安定な時代に、日雇い労働者の待遇が以前よりも
厳しくなっているとしたら、彼らが直面しなければならない
心の闇は私が体験した3日間の比ではないはずだ。
法律をああしろ、こうしろと叫ぶ気はない。変えてしまったために、
かえって労働者の側が仕事がやりずらくなることもあるだろう。
やはり労働者が協力しあって、声をあげていくしかない。
ひとりで悩まず、助けあうべきなのかもしれない。
ほんのいっときでも、同じ立場を体験した者として、
日雇い労働者が長く、安心して働ける環境があってほしいと思う。
私が出会った、真夜中の日雇い野郎たちのささやかな幸せを願う。
日雇い最終日から約7年後の冬 7:00 完
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投稿者 Napori Takao : 07:00