2006年08月02日

お祭りのヒヨコの運命(1)

日本各地でのお祭り。読者のみなさんは、
露天でヒヨコが売られているのを目にしたことがあるだろう。
最近は鳥インフルエンザの影響はあるのだろうか。
ともかく、お祭りで買われたヒヨコたちは
鶏として幸せな一生をまっとうできているだろうか。

これは1980年頃、あるヒヨコの一生を描く一大叙事詩である。
当時、小学校低学年のある兄弟は、
お祭りで売られていたヒヨコがどうしても欲しくて、
父親に頼み、黄色とピンクのヒヨコを買ってもらった。

さっそく、少年たちは餌を買ってきて与えた。
外観はすごくかわいいくせに、目だけは妙に凶暴だ。
1~2週間ほどすると、ピンクのヒヨコの色が落ちてきた。
色がつけてあるとは聞いていたが、
世界で1羽くらいはピンクのまま成長してほしかった。

2羽はすくすくと成長し、すぐに真っ白な鶏になった。
近所のおばさんが畑で育てているコマツナをもらい、与える。
自宅の庭はだんだん鶏臭くなっていった。
1日1回、運動させるために、小屋から庭に出すと、
彼らは走りまわり、庭を飛んだ。

鶏が空を飛ぶのを見た読者は少ないだろう。
しかし、少年たちははっきりと見ているのだ。
ちょうど人間が走り幅跳びをするように、
カッカッカと足で助走をつけて飛び立ち、
地上1メートル程度を2秒ほど低空飛行するのである。
体が重いので、ほかの鳥のように優雅ではない。

彼らは、赤いモノに強烈な敵意をむき出しにした。
ほかの鶏のトサカと勘違いするためだと聞いたことがある。
鶏たちはとくに母親の「赤いツッカケ」が気になるらしく、
ムキになってクチバシでつつくので、母親は、
「あ、痛い! あ、痛い!」
と、悲鳴をあげながら、片足ずつはねあげ、
ダンスをするように洗濯物を干すのだった。

そんな2羽の鶏にある日突然、終わりの日がやってきた。

                 To be continued
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投稿者 Napori Takao : 11:20 | コメント (3)

コメント

私が小学校へ上がる前頃だったと思います、家でも鶏を飼っていました。この続きは明日のブログを読んでから。

投稿者 団塊世代が心と身体とお金の健康を考える!byヤスオ : 2006年08月02日 20:53

こんばんは。
>そんな2羽の鶏にある日突然、終わりの日がやってきた。

かしわのすき焼きをするんで、おだぶつとか・・・?
わたしはその体験からお肉・魚が嫌いになりました☆

投稿者 ひまわり : 2006年08月02日 22:43

ヤスオさん、ひまわりさん

コメントありがとうございます。
おふたりなら、結末の想像がつくかも……

投稿者 ナポリタカオ : 2006年08月03日 06:51